会社概要

会社概要

会社名
株式会社 田中直染料店
本社
〒600-8427 京都市下京区松原通烏丸西玉津島町312
E-mail
info@tanaka-nao.co.jp
設立年月日
1974(昭和49)年1月5日
創業
1733(享保18)年
資本金
1,000万円
代表取締役社長
田中直輔
従業員数
34名
適格請求書発行

事業者登録番号
T6130001017999

会社のあゆみ

初代太兵衛(~1789)

初代六兵衛丹波の国(亀岡) 田中次郎右衛門伜 寛政元年酉6月23日没 丹波から出て享保18年(1733)松原烏丸にて荒物染草問屋を創めました。 当時、荒物とはふのりとかもも皮といったものを称したようです。

二代太兵衛(~1824)

丹波柏原町 三好屋新助倅 行年66歳 文政11年己4月11日没

三代太兵衛(~1859)

丹波柏原町百足屋 忠右衛門倅忠七 安政6年己未正月1日没 行年53歳

四代太兵衛(1837~1881)

四代太兵衛天保9年生 明治14年己正月11日没 行年45歳(四代目別家・田多為七氏 山本善二郎氏 松浦孝七氏 樋口亀之助氏) 明治政府の官途につき名も直方と名のり、通商少令史として上海へ派遣されたりしましたが、 番頭さんたちが店をよく守り、その番頭さんたちが後別家され、それぞれが、京都染料業界の主たる源となっています。

五代太吉(1855~1919)

嘉永25年頃生 大正8年11月1日没

六代直三(1876~1934)

六代直三(1876~1934)明治9年生 昭和9年8月22日没 桃皮エキス・ふのり・硫黄・五倍子が主力製品で特に五倍子の如き相場を左右する程であったと聞いており、「南京早染粉」「ふし(五倍子)の粉」等を卸売りして販路の拡大を図りました。又、艾(もぐさ)等もお灸の原料として全国に通信販売をしていた模様で、台湾・満州・朝鮮へも送っていた形跡が残っています。郵便為替も京都に地方貯金局が設けられない以前からで、つい最近まで、当社で大阪617の振替口座を使用しておりましたのもその名残です。

七代常太郎(1899~1973)

七代常太郎(1899~1973)正面烏丸東法蔵館 西村七平四男 明治32年8月12日生 昭和48年8月23日没 昭和12年合成染料の取扱いを始めると共に営業所を三条小川に設けました。昭和30年植物染料の色に没入して(株)京都草木研究所を設立。

八代直一(1926~2015)

八代直一(1926~)大正15年8月27日生 昭和35年七代の後を継ぐ。先代常太郎は法蔵館という仏教書出版元に生まれた人で、祖父西村七平のことをよく申しておりました。京都で振替口座を一番はじめにとったとか、一日に注文の葉書が全国から何通来るとか、子供心にそういうことが頭にこびりついていたのだと思います。通信販売こそ私のやる仕事と心に刻んで、家業を継ぐ決心をしました。昭和48年4月株式会社染織と生活社設立。昭和49年1月田中直染料店を株式会社に組織変更、代表取締役となる。昭和60年、百年以上続いた京の老舗として、京都府知事より表彰を受けました。今後通信販売に一層力を入れて全国の染色家の皆さまのお役に立ちたいと願っています。

九代直輔(1961~)

九代直輔(1961~)昭和36年1月14日生 昭和59年入社後、京都の染工場さんを担当させて頂き、昭和62年より東京店店長として四年間、店頭販売と東京圏のお客様の販売営業を勉強させてもらいました。平成3年に京都本社へ戻り、総務部長、専務を経験し、現在に至っております。 2001年1月1日、20世紀から21世紀へのバトンタッチとともに、株式会社田中直染料店の九代目を継承致しました。 今までの良きものはそのままに、新しき良きものを取り入れながら、お客様のお役立ちを常に考えて、更なる勉強を積み重ねて参る所存でございます。